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東京地方裁判所 昭和49年(特わ)124号 判決

目  次

主文

理由

(罪となるべき事実)

(証拠の標目)

(事実認定についての補足説明及び争点に対する判断)

第一 喫茶店「セシボン」の火災による焼失とこれによる損失額に関する被告人の認識について

一 雑損失の繰越控除申告の経緯

二 当事者の主張

三 右の点に関する判断

第二 弁護人主張どおりの火災損失額を必要経費に算入しても起訴前年分の事業所得は多額に上り、起訴年分に繰越さるべき損失は存しない旨の検察官の新主張について

一 従前の訴訟経過と新主張の内容

二 右の点に関する判断

第三 サウナ「ローヤルサウナ」の新規取得費額について

一 当事者の主張

二 右の点に関する判断

第四 本件建物・設備各勘定の金額について

第五 事業主貸勘定中国際電話料について

第六 弁護人のその余の主張について

第七 逋脱税額の計算について

(法令の適用)

別紙(一)ないし(四)

被告人 大原昇こと全乙現

一九一五・一〇・二五生 飲食店等経営

主文

被告人を罰金一〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。訴訟費用中、証人笹川道雄、同福岡良平に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都千代田区神田駿河台二丁目四番地において喫茶店「ウイーン」及びバー「ニユーウエル」を、同都台東区上野四丁目五番七号において喫茶店「スーベニール」を、同区上野四丁目一番三号においてサウナ「ローヤルサウナ」を、同都目黒区自由ヶ丘三丁目一六番一号においてサウナ「自由ヶ丘サウナドツク」及びサウナ「自由ヶ丘ビユーテイサウナ」をそれぞれ経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外預金を蓄積する等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和四五年分の実際総所得金額が一八五万〇九六〇円あった(算出される総所得金額一八三四万九二五二円から後記犯意の認められない金額一六四九万八二九二円を控除した残額。別紙(一)の修正貸借対照表参照。)のにかかわらず、昭和四六年三月一一日同都台東区東上野五丁目五番一〇号所在の所轄下谷税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が五七六万八七七七円であるところ、過年度分の雑損失繰越額を控除すると課税総所得金額は零であり、すでに源泉徴収された税額一九万二五〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和四九年押第一〇二六号の符号37)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税還付額二万六六〇〇円(別紙(三)の税額計算書参照。)と右申告税額との差額一六万五九〇〇円の還付を受け、

第二  昭和四六年分の実際総所得金額が一四〇〇万七三二八円あつた(別紙(二)の修正貸借対照表参照。)のにかかわらず、昭和四七年三月七日前記下谷税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が八八九万二六三三円であるところ、過年度分の雑損失繰越額を控除すると課税総所得金額は零であり、すでに源泉徴収された税額一五万九九九〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の符号38)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の源泉徴収額控除後の正規の所得税額四九五万一一〇〇円(別紙(三)の税額計算書参照。)と右申告税額との差額五一一万一一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(事実認定についての補足説明及び争点に対する判断)

本件公訴事実によれば、被告人の昭和四五年分の

(イ)  実際総所得金額は三四八六万六八〇一円、

(ロ)  右に対する正規の所得税額は一七五八万二四〇〇円、

(ハ)  逋脱税額は一七七七万四九〇〇円、

同四六年分の

(イ)  実際総所得金額は二五二九万六七五二円、

(ロ)  右に対する正規の所得税額は一一三八万七九〇〇円、

(ハ)  逋脱税額は一一五四万七八〇〇円

というのであって、当裁判所の認定した前示罪となるべき事実中の各金額とは大きく異つている。かかる差異を生じた原因は、要するに右差額分については犯罪の証明が十分でないものと認めたためにほかならないが、当裁判所がそのような判断をするに至つた証拠上及び法令解釈上の理由につき、以下、当事者の主張する争点に即しつつ、順次説明を加えることとする。

第一喫茶店「セシボン」の火災による焼失とこれによる損失額に関する被告人の認識について

一 雑損失の繰越控除申告の経緯

被告人の所有、経営にかかる喫茶店「セシボン」(東京都台東区上野四丁目所在)は、昭和四四年一一月一六日、火災により焼失した。

被告人は、右による損失額を五三六八万九五七三円と見積り、うち一七〇〇万円は火災保険金により補てんされたので差引三六六八万九五七三円は所得金額より控除さるべきであるとし、昭和四四年分の確定申告において控除しきれなかったものとして、昭和四五年分に五七六万八七七七円、昭和四六年分に八八九万二六三三円をいずれも雑損失の繰越控除名下に総所得金額から控除した。

二 当事者の主張

被告人の右所為をめぐる当事者の主張は、以下の如くである。

第一に、検察官は、喫茶店「セシボン」は被告人の事業所得を生ずべき事業の用に供される固定資産(以下「事業用資産」という。)であるから、その滅失により生じた損失の金額は、所得税法(以下「法」という。)五一条一項により、その損失を生じた日の属する昭和四四年分の事業所得の金額の計算上、「純損失」として必要経費に算入すべきものであり、また、その金額の算出については所得税法施行令(以下「令」という。)一四二条一項、法三八条一項が適用されるから、これによつて算出すれば損失額(取得価格プラス設備費プラス改良費マイナス減価償却累積額)は一一八九万〇四二八円であつて受取火災保険金一七〇〇万一七〇八円によつて全額補てんされており、法七〇条二項によつて昭和四五年分以降に繰越さるべき損失は皆無であるので、被告人のなした前記雑損失の繰越控除はこれを全額否認すると主張する。

これに対し、弁護人は、本件火災損失については法七二条所定の「雑損控除」によるべき旨の税務署員の指導があつたものであり、雑損控除における損失額は損害発生時の時価によるべきものとされているところ、喫茶店「セシボン」の取得費は五三〇〇万円(内訳、建物本体工事費二五〇〇万円、設計料二〇〇万円、ステンドグラス、シヤンデリア関係八〇〇万円、冷房設備六〇〇万円、什器備品関係二〇〇万円、電気設備工事代一〇〇〇万円)であり、取得後の人件費の高騰、物価上昇等を考慮すれば、焼失時の時価は少なくとも右取得費を下廻らない(七―八〇〇〇万円と推定される。)ので、被告人が受取火災保険金一七〇〇万円余で補てんされない損失額として昭和四四年分確定申告に際し、三六六八万九五七三円を控除申告したのは正当であり、従つて、昭和四五年分以降について前記の如き繰越控除の申告をしたのも正当であると主張する。

第二に、検察官は、喫茶店「セシボン」が事業用資産であつて「雑損控除」の対象とならないことは明白であり(法七二条一項括弧書参照。)、弁護人主張の如き損失額の算定方法は、取得時から損失時まで毎年損金計上していた減価償却累積額を損失発生時の属する年分において再度損金として計上し、また、税法上認められない「評価益」を容認しようとするものであつて、法の規定を無視するものであり、仮に、被告人において、本件火災損失が所得税法上「純損失」に当るか「雑損失」に当るかの認識を欠き、時価による損金計上が許されるものと誤信していたとしても、それはいわゆる「法律の錯誤」にほかならず、何ら逋脱の犯意を阻却するものではないと主張する。

これに対し、弁護人は、被告人は喫茶店「セシボン」の簿価が著しく低廉であり、客観的価値に合致するよう評価換えすることについて管轄税務署員の了解を得ていたものであり、かつ、「雑損控除」によつて差支えない旨の税務署員の指導もあつたため、時価を以て損失額とすることが許されない旨の「非損金性の認識」を欠き、もとより違法性の認識を欠き、かつ、これを欠くにつき過失もなかつたものと言うべく、逋脱の故意は阻却されると主張する。

三 右の点に関する判断

1 喫茶店「セシボン」が被告人の事業用資産であり、その火災損失が法五一条一項の「純損失」に当たることは検察官主張のとおりである。

ところで、(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告人は、昭和二八年頃より東京都台東区上野において喫茶店「スーベニール」を開業し、以後、飲食店、サウナ風呂等を経営しており、本件の喫茶店「セシボン」は昭和三六年頃、同区上野四丁目に新築し営業を開始したものであるが、昭和四四年一一月一六日、同店は火災により焼失した。

当時室谷公認会計士事務所に勤務し、昭和四〇年ころから被告人の税務関係事務を担当していた高畑芳郎は、昭和四四年の所得税確定申告に際し、右火災による損失額を再建築費(復元価額)によつて算定することとし、不動産業者等によつて近隣の状況を調べたうえ、木造及び鉄筋コンクリート造、間口四間弱、地下二階地上二階、延一〇〇坪の建物につき一七五〇万円、什器備品につき一六〇〇万円とそれぞれ見積り、損失額は合計三三五〇万円である旨を被告人に告げた。

一方、被告人は、昭和三六年に本件建物を新築するに際し、遠藤建設株式会社に一二〇〇万円で工事を請負わせ、同建物内に備付けるために購入した什器、備品一八〇〇万円を加えて、合計三〇〇〇万円程度を支出し(証拠略)、その後焼失時までに増築、内装工事、床の貼替等の改良費を支出して来た記憶があつたところ、右の如く、税務関係を任せていた高畑から損失額は三三五〇万円と算定される旨告げられ、税法上本件火災損失の補てんが認められる限度はその程度であると認識したが、昭和四四年当時における同建物、什器、備品等の時価は少なくとも五~六〇〇〇万円の取引相場をしているのではないかと考え、かつ、同建物等につき、当時、千代田火災海上保険株式会社との間に、建物一二〇〇万円、什器備品七七〇万円、商品三〇万円合計二〇〇〇万円しか火災保険契約を締結していなかつた(証拠略)ため、火災保険金として一七〇〇万一七〇八円を支給されたに過ぎなかつたことから、高畑の算定にかかる三三五〇万円では、時価に比し著しく廉価であり、かつ、損失額を補てんするに不十分であると思料し、高畑に対し右算定額に二〇〇〇万円を上乗せして損失額を水増しするよう指示した。

高畑は、右の指示に従い、被告人の昭和四四年分の所得税確定申告に際し、「所得から差し引かれる金額」として「雑損控除」欄に火災損失五三六八万九五七三円、保険で補てんされる金額一七〇〇万円、差引損失額三六六八万九五七三円を計上した申告書を作成したが、後日に至つて税務調査を受けた場合には、水増金額を裏付ける証憑書類が存在しないところから、或いは更正処分を受けることがあるかもしれないと考え、その旨を被告人に告げた。

被告人は、過去にも税務調査を受け、更正処分を受けた経験に照らし、右金額が認められない場合には単に修正申告をすれば足りるものと考えた。また、事業用資産の火災による損失が税法上純損失に当るか雑損失に当るかについての知識は全くなく、高畑からも、その点について何らの説明を受けなかつた。被告人は高畑の作成した所得税確定申告書に捺印のうえ、これを所轄税務署長に提出した。

(二) 翌昭和四五年分の確定申告に際しては、高畑に代つて税理士円城寺清美が被告人の納税申告に関与するようになつたが、同女は、喫茶店「セシボン」の建物が事業用資産であつて、その滅失によつて生じた損失の金額は税法上「純損失」として当該年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべきであるのに(法五一条一項)、高畑の作成した前記昭和四四年分確定申告書には、これを総所得金額から控除すべき「雑損失」として計上していることに不審を抱き、たまたま昭和四六年三月一一日所轄下谷税務署の係官甲斐正和に呼び出されて出頭した機会に、右の疑点を糺したところ、同人から「本当は純損失にすべきところだけれども、前年雑損控除になつているから、それでもいいでしよう」との回答を得、その指示に従い、昭和四五年分の確定申告に際しても前年同様これを雑損失として扱うこととし、雑損失繰越勘定に五七六万六七七七円の損失を計上して申告したうえ、被告人に対し右申告の受理された旨を告げた。

なお、円城寺は、高畑の算出した損失額を、その算出根拠となつた資料が一切残されていなかつたため、当然純損失の算出方法である簿価(取得価格プラス設備費プラス改良費マイナス減価償却累積額)によつたものであり、雑損失の算出方法である時価によつたものではないと認識していたものである。

(三) 昭和四六年分確定申告に際しては所轄税務署からの呼出しはなく、円城寺税理士は、同年分の確定申告書に、前年同様、雑損失繰越勘定として八八九万二六三三円の損失額を計上して昭和四七年三月七日所轄税務署長に対し申告をした。その際、同女は、本件火災損失は本来事業用資産にかかる純損失であつて事業税(地方税)の減免の対象となるべきものであるから、これを明らかにする趣旨で、同申告書の「住民税・事業税に関する事項」欄中の「事業用資産の譲渡損失など)の項に「44年分雑損失で控除しているが事業用資産の損失である」と注記した(この一事を以てしても、同税理士が収税官吏に対し、本件損失が本来「純損失」であつて「雑損失」に当らない事実を秘匿する意図はなく、高畑のした「雑損失」としての処理を踏襲して差支えない旨の収税官吏の指示に従つたまでであることが窺知できる。)

2 叙上認定のとおり、被告人は、昭和四四年分確定申告の時点において、喫茶店「セシボン」の火災損失が税法上「純損失」となるか「雑損失」となるか、損失額の算出方法は簿価によるべきか時価によるべきか等の知識を全く欠いたまま、高畑から損失額は三三五〇万円と算定される旨を告げられ、それが建物、什器備品の取得に三〇〇〇万円程度を支出し、その後も焼失時までに改良費を投入して来たとの自己の認識とも合致するので、税法上認められる損失額としてはその程度であるとの認識を抱くに至つたものである(これは、被告人に税法上の知識がなかつたため、純損失を雑損失と誤信し、簿価によつて算出すべき損失額を時価によつて算出してよいと誤信した場合―この場合は典型的な法律の錯誤に当る―とは異る点に注意を要する。被告人としては、税法上の損失に二種類あるとか、その算出方法を異にするとかいう点の知識を全く有しないまま、喫茶店「セシボン」の火災による損失額は三三五〇万円と算定される旨の結論のみ告げられ、そう信じただけのことであつて、いわば客観的に生じた損失額という事実をそのように認識したものということができる。)。この点に関し、検察官は、高畑は喫茶店「セシボン」が事業用資産であつて、その火災による損失は「純損失」であり、「雑損失」として処理することは税法上認められない誤つた処理であることを知悉しており、かつ、そのことを被告人に説明していた旨主張するが、高畑自身の認識は格別、高畑が被告人に右のような説明をしたことの証拠は全く見当らない。そうだとすれば、被告人は、自ら指示して高畑に水増計上させた二〇〇〇万円については当然それが税法上否認されるであろうことの認識は有していたものの、高畑の算定した三三五〇万円に関しては、それが客観的事実として存在するものと誤信していたこととなる。

そして、本件各起訴年次である昭和四五年分及び同四六年分の確定申告に際しても、被告人の右誤信は維持されていたものである。昭和四五年分から被告人の税務申告を担当することとなつた前記円城寺税理士は、高畑の算出根拠を知らず、単にその算出結果のみを純損失額であると信じていたのであるから、それを雑損失として処理することには疑念を抱いて収税官吏に相談しているけれども、算出された金額そのものについては全く疑問をもつことなく、従つて被告人に対しても右金額に誤りがあるなどとは一言も言つていないのである。

もとより、被告人が高畑に対し二〇〇〇万円を損失額に上乗せするよう指示した動機には、喫茶店「セシボン」の焼失時の時価が五―六〇〇〇万円であるとの認識も含まれているが、だからといつて、被告人が高畑の算出したのは純損失の額であると認識し、これに対して雑損失の額である時価を以て確定申告するよう指示したものと見ることはできない。被告人としては、そのような区別も知らないまま、高畑の算出した金額が税務署に是認される客観的損失額であると信じたが、それでは損失補てんに不十分であると考えて単純に二〇〇〇万円の上乗せを指示したものであり、高畑に右二〇〇〇万円については証憑書類を欠くから後日税務調査で否認される可能性のあることを告げられ、そのときは修正申告すればよいと考えていたものの、よもや高畑の算出した金額そのものが客観的事実に合致しないなどとは、思つても見なかつたのである。

実際には、高畑の算出したのは、喫茶店「セシボン」の焼失時点における復元価格であり、従つて、〈1〉取得時から焼失時までの間における物価騰貴、人件費の上昇が織り込まれ、かつ、〈2〉同期間中の減価償却累積額を控除していないという二点において、法定の「純損失」の計上方法に合致しないところがあつたのであるが、そのような事情は、被告人としては全く知る由もなかつたのである。

果して然らば、高畑の算定した三三五〇万円については、それが客観的事実であると信じた被告人の認識と実際に生じた客観的事実との間にくい違いがあつたものと言うべく、右のくい違いは「事実の錯誤」としてその限度で被告人の犯意を阻却するものと解するのが相当である。

検察官は、「被告人が、喫茶店「セシボン」の火災損失が雑損失になるのか、純損失になるのかにつき知識がなく、焼失時における時価を損失に計上できると認識していたと仮定しても、これは法律の錯誤にすぎ」ないと主張するが、右に見たように、被告人は、決して「時価を損失に計上できると認識していた」ものではない(被告人の認識によれば、時価は五―六〇〇〇万円であつて、右三三五〇万円が時価であると認識していたものでないことは明らかである。)から、所論の仮定するような前提事実は存在しない。

3 直税逋脱犯は故意犯であるから、被告人が客観的に存在すると誤信した損失額の範囲で故意の成立が阻却される以上、実際損失額がこれを下廻る(すなわち実際所得額がそれだけ増加する)としても、その差額については逋脱犯の刑責を問い得ない。従つて、実際損失額が被告人の認識した損失額を下廻る限り、その数額を確定することは、被告人の刑責の範囲を確定するうえでは、無意味なこととなる。従つて、検察官の主張する実際損失額一一八九万〇四二八円の当否を論ずることは無意味であるから、ここでは、右金額の算出にあたつて証拠上認められる取得後の資本的支出(設備費、改良費)を一切考慮していないことへの疑義を指摘しておくにとどめることとする。

4 弁護人の主張する実際損失額(取得費)は、裁判所の認定した被告人の認識額三三五〇万円を上廻る五三〇〇万円であるというのであるから、この点については判断を示す必要がある。右主張に副うものとして被告人の当公判廷における供述は存するものの、客観的にこれを裏付けるものとしては、右のほかには、当時、「セシボン」の建設を施行した遠藤建設株式会社において当初一二〇〇万円にて見積りしたが追加工事もあつて結局二〇〇〇万円を工事代金として被告人から受取つたこと(証拠略)、「セシボン」に什器、備品を納入した神奈川電気株式会社において冷房並びに集塵装置一式として三九八万円、暖房設備として九三万六〇〇〇円の工事をなしたこと(証拠略)、追加冷房装置として昭和四一年四月に一〇五万円を受領したこと(証拠略)が認められ、これらを合計すると約二六〇〇万円の価額の存したことが認められる。

なお、右のほかに「セシボン」焼失当時、相当数の什器、備品が存在したことは窺われるが(証拠略)、しかし、右物品納入業者の供述によれば、昭和三年当時の納入価額の正確な記憶がない旨述べており(証拠略)、しかも、前掲二六〇〇万円の金額も、取得時の価額であつて、右取得時から焼失時までの約八年間の減価償却累積額が考慮されていない点を考えれば、右什器、備品の存在や、その後の改良費、追加工事費等を考慮しても、前記認定した「セシボン」の取得価額三三五〇万円を超えるものとは考えられない。

被告人の当公判廷の供述は、同人の捜査段階の供述の方が、建設費、什器備品等の各物品につき、より具体的に供述しているのに比し余りに抽象的に過ぎ措信できず、他に本件全立証によるも「セシボン」の取得価額が三三五〇万円を上廻ることを認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、実際損失額が被告人の認識額三三五〇万円を上廻るものとは認められないから、この点に関する弁護人の主張は採用できない。

5 叙上の次第であるから、被告人が喫茶店「セシボン」の火災損失額中火災保険金によつて補てんされなかつた分一六四九万八二九二円を昭和四五年分以降に繰越し、その所得から控除し得るものと信じていたことにつき、被告人に逋脱の故意は認められない。

この点に関し、被告人に売上の一部を除外する等の不正行為の認識がある以上、実際に発生した逋脱の結果と右認識との間に喰違いがあつたとしても、それは所得税逋脱犯という同一構成要件内における具体的錯誤の場合にほかならず、被告人の認識しなかつた架空の繰越控除による分を含む全部の逋脱結果につき故意の成立は阻却されないとする見解があり得るので、かかる見解の誤りであることにつき若干付言する。

右の見解は、客観的に算出される実際所得税額(あるいは、その算出根拠である実際所得額)と申告所得税額(あるいは、その算出根拠である申告所得額)との間に不一致(後者が過少である場合のみが問題となる。以下「不一致」と言う場合はすべて後者が過少である場合を指す。)が見られる場合、その差額全部を「逋脱の結果」と観念することによつて導き出されたものであるが、かかる前提自体が誤りである。すなわち、所得税逋脱犯の構成要件は「偽りその他不正の行為により(中略)所得税を免れ、又は(中略)所得税の還付を受け」ることであり(法二三八条一項)、その構成要件的結果は「偽りその他不正の行為」に基づく実際額と申告額との不一致であつて、実際額と申告額との不一致の全部が逋脱の結果となるものではない。逆に言えば、実際額と申告額との間に不一致が見られる場合、その中で「偽りその他不正の行為」によつて招来された不一致額のみが逋脱の結果たり得るのである。これは、所得税逋脱犯の構成要件の定め方から来る特色であつて、たとえば、窃盗罪においては占有を侵奪された財物の全部について窃取の結果が発生するから、右結果と当初犯人が認識したところと喰違つていても、生じた結果全部について故意の成立が阻却されないが、そのことと所得税逋脱犯の場合とを同列に論じようとするのは誤りである。所得税逋脱罪においては、単純過少申告犯を不可罰としているのであるから、単純に実際額と申告額との間に不一致が生じたのみでは、いまだ犯罪的結果が発生したものとは言えないのである。そうだとすればもともと偽り不正の行為の認識のなかつた部分については逋脱の結果は発生しないのであつて、認識と結果との間に喰違いはなく、錯誤を論ずる余地など認められないのである。

以上のような構成によるとしても、不正行為の認識を極端に緩やかに解し、およそ実際額が申告額を少しでも上廻つていることの概括的認識さえあれば足りるとするときは、つねに実際額と申告額との不一致額の全体が逋脱の結果であると認められることになりかねない。しかし、故意の内容につき、かかる弛緩した見解を生ずるのは、納税者において年間の多数の取引をすべて正確に認識記憶していることは実際上不可能であることに鑑み、右程度の認識があるときは実際額と申告額との間の不一致の全体につき故意の存在を推認することが相当であるという立証技術上の配慮を、実体法上の故意概念の構成に持ち込もうとするものであつて、実体法の解釈としてはもとより筋違いである。およそ逋脱の故意を論ずる以上、その基礎には納税義務(課税標準の存在)についての認識が前提となるのであつて、「偽りその他不正の行為」によつて税の逋脱を図るという以上、申告に際し、個々の勘定科目に属する具体的数額の認識までは必要ないにせよ、如何なる原因で実際額と申告額との間に不一致を生ずるかの認識を有することは最低限必要であり(その原因としては、たとえば売上除外、架空仕入のように個々の勘定科目、それも主として損益計算上の科目に結び付く場合が多いが、具体的な会計処理の細目まで逐一認識する必要のないことは当然である。)、納税義務の認識を欠く部分、すなわち、行為者の全く認識しなかつた原因に基づく所得の脱漏についてまで、逋脱の故意があるものとすることはできない。

第二弁護人主張どおりの火災損失額を必要経費に算入しても起訴前年分の事業所得は多額に上り、起訴年分に繰越さるべき損失は存しない旨の検察官の新主張について

一 従前の訴訟経過と新主張の内容

1 被告人は、昭和四四年分確定申告において、

〈1〉事業所得  △二〇〇万九八七九円(欠損)

〈2〉不動産所得   九六万〇六四〇円

〈3〉給与所得   一一三万八四〇〇円

合計      八万九一六一円

〈4〉雑損控除  三六六八万九五七三円

である旨申告し、同年分の所得から控除しきれない雑損失を昭和四五年分以降に繰越したため、これを不当とする検察官と弁護人の主張が対立し、長期に亘り審理を重ねることとなつたのであるが、その主たる争点は、前記第一に詳細説示したとおり、本件火災損失が純損失として事業所得の計算上必要経費に算入されるか雑損失として総所得金額から控除されるか、損失額の算出方法は簿価によるか時価によるか、損失額はいくらであるか、その点に関する被告人の認識はどうかといつた諸点であり、被告人の昭和四四年分の事業所得が二〇〇万九八七九円の欠損であることは当然の前提とされ、当事者の攻撃防禦の対象となることはなかつたのである。

2 然るに、検察官は昭和五三年六月六日の論告において、突如として仮定論の形で、被告人は昭和四四年にも約五九〇〇万円の売上除外を行い脱税していたもので、弁護人主張どおりの喫茶店「セシボン」の取得費から減価償却累積額を差引き算出した簿価三三五〇万〇九一八円のうち受領火災保険金一七〇〇万一七〇八円で補てんできない損失額一六四九万九二一〇円を全額必要経費に算入しても、なお被告人の同年分の事業所得は一一六一万九九二一円の黒字であつて、前記1の〈2〉の不動産所得、〈3〉の給与所得を合計すれば同年分の所得金額は一三七一万八九六一円となり、昭和四五年分以降に繰越すべき損失額は皆無である旨の新主張をなすに至つたのである。

二 右の点に関する判断

1 検察官の新主張は、これによつて本件訴因を構成する逋脱所得税額に変動をもたらすものでなく、また、修正貸借対照表上の勘定科目にも変動を来たさない(単に当期増減額の理由付けが変るに過ぎない。)から、論告において突如主張したとしても、主張自体不適法であるとは、あながち断じ得ないところである(最高裁判所昭和四〇年一二月二四日第三小法廷決定、刑集一九巻九号八二七頁)。

2 しかしながら、被告人の昭和四四年分所得に関しては、既に公訴時効が完成しているため起訴対象から外されているのであつて、本件訴訟においては、当然のことながら、昭和四五年分以降への雑損失の繰越控除に関する限度においてのみ、かつ、当該損失の数額如何をめぐつてのみ、従来争点とされて来たものであり、今ここで検察官が被告人の昭和四四年分の事業所得が欠損ではなくて逆に火災損失額を上廻る黒字であつたと主張することは、従来全く当事者の攻防対象とされていなかつた昭和四四年分の全勘定科目(本件がいわゆる財産増減法立証によつている点に注目すべきである。)を新たに争点として持ち込むこととなり、昭和四四年分所得税の逋脱について新たな訴追をなすに等しい結果を招来するものと言わなければならない。公判開始の当初においてならいざ知らず、公訴提起後四年余を経過し、証拠調を終了した論告の段階において突如としてかかる主張を展開することは、到底公正な訴訟活動とは思われず、たとえ主張自体としては適法の範囲に止まるとしても、その理由の当否については特に厳正な吟味を要するものと考える。

3 まず、主張内容自体について考察するに、検察官によれば被告人は昭和四四年に約五九〇〇万円に上る売上除外をしたというにもかかわらず、逋脱にかかる事業所得は一一六二万円弱に過ぎないというのであつて、売上除外に伴う若干の簿外経費の存在、事業所得の算出に当り弁護人主張の火災損失額をそのまま採用している点等を考慮に容れるとしても、なお除外額と逋脱額との間のアンバランスは覆うべくもなく、主張自体においてその算出根拠の薄弱なことを露呈しているものと言うべきである。

4 次に、証拠の点であるが、検察官は、新主張を展開するに当り、何ら新たな証拠を申請することなく、既に取調ずみの証拠を援用してその論拠としている。これは、本件が財産増減法立証によつている関係で、起訴年次分の資産負債科目を立証すべき資料中に過年度分の数額も記載されているのを奇貨とし、これを昭和四四年分の勘定科目の数額として援用したものに他ならない。当然のことながら、弁護人としては右証拠は起訴年次分の所得の立証に供されるものとして証拠として取調べることに同意し、あるいは取調に異議ない旨の意見を述べたものであつて、検察官の新主張を支えるべき資料として利用されるというのであれば、これに対する意見は自ずと別異のものとなることが予想される。検察官としては、論告において展開すべき新主張に旧来の証拠を援用しようとするのであれば、証拠調終結前に宜しく立証趣旨の拡張その他の手続により、被告人の防禦に遺漏なきを期することが可能だつたのであり、そうすることが当事者としての公正を保持する所以だつたのである。事ここに出なかつた以上、当初の立証趣旨の範囲を逸脱して右証拠を起訴前年分の所得額認定の用に供することには証拠法上も疑義があるのみならず、右証拠に顕われた数額につき、相手方による充分な吟味も反証の機会も与えないまま、直ちに採つて以て証拠となし、合理的な疑いを容れない心証を形成するが如きは経験則上も許されない。

5 果して然らば、論告において新主張が展開された段階において証拠調を再開し、検察官に立証趣旨の拡張を促し、弁護人に右についての意見及び反証提出の機会を与えるべきではなかつたかとの点につき考察を進めることとする。端的に結論から言えば、答はすべて否である。

検察官は一挙手一投足の労を以て立証趣旨の拡張をなし得たにもかかわらず敢てその方途に出でず、論告において突如として新主張をなす方策を選択したのであり、その選択の誤りを裁判所において補修すべきいわれはない。

弁護人に対する関係においては、検察官のかかる奇襲攻撃を許容しないことが最良の権利保護の手段であり、今後更に長年月を要すると思われる反証の機会を与えたうえで、場合によつては被告人に不利益な結果を招く危険まで負担させることがその権利保護を全うさせる所以であるとは考えられない。そもそも、昭和四四年分の所得に関し公訴時効が完成しているということ自体、証拠の散逸等により被告人側で十分な防禦を尽くせないことへの配慮も含まれていた筈であり、まして本件にあつては上記のとおり喫茶店「セシボン」の火災焼失という事態があつたのであるから、これにより多くの証憑書類が灰塵に帰し、被告人側に十分な反証を期待することは事実上も不可能なのである。

本件が財産増減法立証によつている点に鑑みても、形式的な期首期末間における資産負債の増減差を以て直ちに期中の所得額とすることなく、過年度からの持込資産の有無、非課税所得の混入の有無等につき慎重な吟味をすることが要請されているものというべく、そのためには被告人側に十分な反証の機会を与えることが必要であり、これが事実上不可能である以上、形式的な期首期末間の増差を以て所得額を認定することは許されない。

なお、検察官は、被告人が昭和四四年分所得につき後日修正申告書を提出していることを同年分の所得の存在の論拠の一つとしているが、後述するとおり、右修正申告が被告人の自発的意思により客観的所得額を正確に申告したものであるか否かは甚しく疑問であり、これを以て所得認定の資料とすることはできない。

6 右4、5に説示した如く、検察官の新主張は結局証拠上の裏付(反証による吟味を含む。)を欠くこととなり、採用の限りでない。

第三サウナ「ローヤルサウナ」の新規取得費額について

一 当事者の主張

検察官は、被告人が喫茶店「セシボン」焼失跡地に昭和四五年に新築し、同四六年に一部改築したサウナ「ローヤルサウナ」の建物、設備の新規取得費は昭和四五年分建物二九七九万八二三九円、設備三三〇五万四九三七円、同四六年分建物一三二三万一九五九円、設備一二〇六万八三三〇円である旨主張する。

これに対し弁護人は、検察官主張の「ローヤルサウナ」の建物、設備の取得費のうち、被告人の供述以外に支払事実を証明する請求書、領収書等の裏付のない金額(昭和四五年分一六五九万五〇〇〇円、同四六年分一一九九万八二〇〇円)は、架空であるから除外されるべきである旨主張するので、この点につき判断を示すこととする。

二 右の点に関する判断

1 検察官の主張金額には、いずれもサウナ「ローヤルサウナ」のほか、喫茶店「ウイーン」、同「スーベニール」の建物設備取得費が含まれていることが明らかであり(昭和四九年五月八日付冒頭陳述書参照)、更に、昭和四六年分建物設備新規取得費については昭和五三年一月一七日付陳述書により一部訂正されているので、これらを補正してみると、検察官の主張する「ローヤルサウナ」の建物設備の新規取得費は、昭和四五年分につき、建物二九三五万三二三九円、設備二八三八万〇〇四三円、昭和四六年分につき、建物七八五万三六六〇円、設備六五二万二二五〇円となる。

2 右主張金額の内訳をさらに詳細にみると、次の如くである。

(一) 昭和四五年分(建物)

昭和四五年一二月三一日現在の取得価額二九三五万三二三九円は、(イ)工事費等領収証などの証拠資料のあるもの二一〇五万五七三九円に、(ロ)被告人の供述以外に証拠資料のない労務者賃金割増し、飲食接待費、資材置場借料(地主大川ユク)、資材費の合計一六五九万五〇〇〇円の二分の一に相当する八二九万七五〇〇円を加算したものである(右(ロ)につき、建物と設備との割合を各二分の一と認めて算出)。(ハ)減価償却費については、「ローヤルサウナ」が鉄筋コンクリート店舗であり、取得時期昭和四五年一二月、取得価額二九三五万三二三九円、償却基礎額二六四一万七九一六円として、当年分の償却額の計算は26,417,916円×0.0025×1/12(1ヶ月分)として九一万七三八五円を算出したものである。

(二) 同年分(設備)

昭和四五年一二月三一日現在の二八三八万〇〇四三円は、(イ)工事費等領収証などの証拠資料のあるもの二〇〇八万二五四三円に、(ロ)前記建物勘定に記載のとおり(右(一)(ロ)参照。)八二九万七五〇〇円を加算したものである。(ハ)減価償却費については、「ローヤルサウナ」の資産はエレベーター、給配水設備、電気設備であり、取得時期昭和四五年一二月、取得価額を右(イ)、(ロ)として、その償却基礎額は右(イ)につき(a)一八〇七万四二八九円、同(ロ)につき(b)七四六万七七五〇円、当年分の償却額の計算は(a)につき18,074,289円×(償却率)×1/12として九万九〇七二円を、(b)につき7,467,750円×(0.1)×1/12として六万二二三一円を各算出したうえ、右(a)(b)を合計した一六万一三〇三円を算出したものである。

(三) 昭和四六年分(建物)

昭和四六年一二月三一日現在の三七二〇万六八九九円、増差額七八五万三六六〇円の主張の詳細は、(イ)工事費等領収証などの証拠資料のあるもの一八五万四五六〇円に(ロ)被告人の供述以外に証拠資料のないもの一一九九万八二〇〇円の二分の一に相当する五九九万九一〇〇円を加算した(右(ロ)につき、建物と設備との割合を各二分の一と認めて算出)。(ハ)減価償却費については、(a)取得時期昭和四五年一二月のものにつき取得価額、二九三五万三二三九円、償却基礎額二六四一万七九一六円として計算することとし、(b)取得時期昭和四六年七月につき取得価額七八五万三六六〇円、償却基礎額七〇六万八二九四円として計算することとして、(a)につき26,117,916×0.025=660,447円、(b)につき7,068,294円×0.025×6/12=88,353円の合計七四万八八〇〇円を当年分の償却額とした。

(四) 同年分(設備)

昭和四六年中の新規取得額六五二万二二五〇円は、(イ)工事費等領収証などの証拠資料のあるもの五二万三一五〇円に、(ロ)前記建物勘定に記載のとおり(右(三)(ロ)参照。)五九九万九一〇〇円を加算したものである。(ハ)減価償却費については、前年分と同様の計算方法により、新たに取得した設備の分をも含めて算出し合計一八八万四五七九円を当年分の償却費としたものである。

3 そこで、次に証拠関係を検討する。まず、(イ)請求書、領収証等の証拠資料の存在する分を集計すれば、昭和四五年分建物二一二七万五七三九円、設備二〇〇八万二五四三円、同四六年分建物一八五万四五六〇円、設備五二万三一五〇円が認められるところ、このほかに(ロ)被告人は、収税官吏福岡良平に対し「「ローヤルサウナ」については建物を建てるときの労務者の賃金、建築資材代、その他の支払分として領収書や請求書のない支払額が三〇〇〇万円位あつた」」、「建物と設備にかけた費用は各一五〇〇万円ずつとなる」旨供述しており(証拠略)、その具体的内訳として、領収証等のない支払額は(a)昭和四五年分の労務者に対する割増賃金、食事代、接待費等合計一二三七万五〇〇〇円、資材費四〇〇万円(証拠略)及び(b)昭和四六年分の従業員室増築費五九九万八二〇〇円、労務者に対する割増賃金等三〇〇万円、資材費三〇〇万円(証拠略)である旨の供述が存するほか、被告人は検察官に対しても「国税局では領収証のないものが三〇〇〇万円位と述べたが、実際にはそれ以上の三七〇〇万円位はあつた。建物と設備にかけた費用の割合は半々位である」(証拠略)旨供述しており、これらの供述が検察官主張の裏付となつていることが看取される。

4 次ぎに、「ローヤルサウナ」工事関係者の供述中には、被告人は直営で右工事をし相当の代金を支払つている(証拠略)、「ローヤルサウナ」の設計工事を請負つた業者は当初三〇〇〇万円の見積りであつたが、被告人から二〇〇〇万円もオーバーしてしまつた旨聞いている(証拠略)、被告人において現金で資材置場借地料や工事人夫に食事代を支払つている(証拠略)等の供述が散見し、右工事の資金手当についても、新潟相互銀行東京支店から二五〇〇万円、及び四五〇〇万円を借入れている事実(証拠略)があり、さらに、「ローヤルサウナ」の建物等につき火災保険として昭和四五年一二月一〇日付で共栄火災海上保険相互会社との間に保険金総額八〇〇〇万円の契約が締結されているところ(証拠略)、被告人は当公判廷において大体建物にかかつただけの金額に近い保険金額になつている旨認めているのである。

5 以上によれば、検察官主張に副う証拠が形式的には存在するかの如くであるが、その中核をなすとみられる被告人の収税官吏に対する供述内容には、以下のような疑問を否定できない。

まず、検察官主張にかかる専ら被告人の供述による領収証等証拠の裏付のない支払の内訳(前記3参照。)である昭和四五年分の(a)労務者賃金割増分一二三七万五〇〇〇円、(b)資材置場費用二二万円、(c)資材費四〇〇万円、昭和四六年分の(d)労務者賃金割増分三〇〇万円、(e)資材費三〇〇万円、(f)屋上従業員室五九九万八二〇〇円について、逐次検討する。

(a) 被告人は、昭和四五年分の労務者賃金割増分の算出根拠につき、労務者一五人に対し、一人一日の日当追加分として二〇〇〇円、飲食代として一〇〇〇円、合計三〇〇〇円を一ヶ月二五日の計算で、全工事期間中一一ヶ月にわたつて支払つたと述べている(証拠略)。

しかしながら、「ローヤルサウナ」の工事を施工した大工高瀬政吉は「全さんから食事代として三回程合計三〇〇〇円受取つた」(証拠略)旨供述しており、労務者高瀬政吉に関する賃金支払を記した請求書、領収証(証拠略)によれば、当時、一日の手間賃として一人三〇〇〇円を支給し、労務者坂本保次に関する請求書(証拠略)には「大工手間」として一人三五〇〇円、残業手当も記載されており、その人員も一日につき多いときでも三、四人であつた事実が認められる。

右をみれば、被告人において日当割増追加分や、飲食代を支払つた分は実は領収証に記載されてある分に殆んど含まれているものと思われる。しかも、右請求書、領収証の記載に照らしても、更に労務者一日当り一五人を一一ヶ月にわたつて引続いて直接賃金を支払つて働かせた、あるいは追加作業をさせたとみることは到底考えられないといわねばならない。また、割増金の外に食事代を一日当り一〇〇〇円を一一ヶ月にわたつて支払つたとすることは日当三〇〇〇円と比較しその供述に疑問がある。

更に、被告人は、「ローヤルサウナ」にかかる支出した費用につき、見積書、請求書や領収証等を細かな分まで数多く保存していながら(証拠略)、この他になお約三〇〇〇万円程の多額の請求書や領収証のない支払があつたとみることは、いたつて不自然であり、不合理である。

(b) 次ぎに、被告人は、資材置場関係で月額六万円を高瀬政吉を通じて支払い、工事期間一一ヶ月として計六六万円を支払つた旨供述しているが(証拠略)、高瀬政吉の質問てん末書(証拠略)によれば、被告人が資材置場関係で支払つた金額は、月額二万円であるという。

右高瀬政吉は自ら下職等も含め手間賃等を請求する時には内訳明細を明らかにした請求書や領収証(証拠略)を作成しているにもかかわらず、右資材置場費用では、自らその授受に直接介入していながら何らその金額を記載していない。一般に建設業者は直営工事であつても、代金の授受に関与すれば、まして毎月定額で支払われたというのであるから、その金額を記載するのが通常であるのに何等記載されていないところからみて果して右二万円が正しいかどうか疑問があり、また該土地の地主大川ユクに対する裏付調査も不十分であつて右金額を確定し得ない。

更に、一一ヶ月という期間についても、置場に置かれたものが建設資材であれば、工事着工により右資材が順次使用される関係にあるから、果して同一全工事期間同置場を確保しておく必要があるかも疑問を否定し得ない。

(c) 資材費四〇〇万円については、前掲質問てん末書に単に「資材等を現金で買付けていましたが、その費用が四、〇〇〇、〇〇〇円以上かかりました」旨記載されているのみであつて、その内訳も明らかでなく、裏付調査もなされていない。どのような資材を購入したか、どの業者から買入れたのかということは、その金額が四〇〇万円という多額の支払であつてみれば、通常記憶に残つていなければ、いたつて不自然である。

(d) 昭和四六年分の労務者賃金割増し、接待費等で証拠のない支出が三〇〇万円存在した旨の供述は、前掲昭和四五年分とは異なつて、その計算内容すら明らかではない。また、被告人の昭和四八年八月二四日付質問てん末書(証拠略)によれば「深夜工事となり職人の手間賃も通常一人一日当り四五〇〇円位のところを倍にして九〇〇〇円払いました」旨の供述は、前掲請求書(証拠略)の記載と対比し多額に過ぎ、にわかに措信できない。

(e) 昭和四六年の資材費三〇〇万円についても、前年分同様、その具体的内容が何ら明らかにされておらず、その裏付調査もなされていない。

(f) 屋上従業員室の増設につき、木造坪当り三五万円という金額も、それが屋上に建設された建物であつて、従業員専用のものであるにもかかわらず、本体工事についてすら坪当り三〇万円の予算であつたこと(証拠略)と対比し異常に単価が高額で信憑性に乏しい。

以上のとおり個々の支払額そのものについて疑問があるうえ、建物と設備の費用区分も単に二分の一ずつとされているが、しかし被告人の供述のみを以て右算定することは、両者の耐用年数に差異があることからすれば被告人の不利益に算入される虞れなしとしない。

6 更に、被告人の供述以外の証拠で右支払事実の裏付となると思われるもの(前記4参照。)についても、個々に検討すれば、以下のような疑問を否定しない。

まず、八〇〇〇万円の火災保険契約をした点については、うち一五〇〇万円が什器備品に対するものであつて、建物、設備に対する火災保険金額は六五〇〇万円に過ぎず、前記「セシボン」の火災損失に際し、その保険金額が保険価額に比し低く過ぎたため十分な損失補償を得られなかつた被告人としては、「ローヤルサウナ」については保険価額を超過する保険金額とした可能性を否定し得ないこと、建物にかかつた金額は保険金額とほぼ同額である旨の被告人の公判廷供述は、取得時以降供述時までの追加投資額をも含めた趣旨とも解し得ること等を併せ考慮すれば、未だ捜査段階における被告人の供述の信用性を担保するに足りるものとはなし難い。

次ぎに、被告人が、領収証等のない支出に充てるための資金手当として、知人及び新潟相互銀行からの借入れを挙げている点に関連して、広瀬四郎作成の証明書(証拠略)によれば、被告人が、新潟相互銀行から昭和四五年一一月二七日二五〇〇万円を借入れ、同年一二月二五日これを返済したうえ更に同額を借入れ、同四六年四月三〇日四五〇〇万円を借入れている事実は窺知できるが、当時「ローヤルサウナ」取得費のみならず、「ウイーン」、「スーベニール」に対する修繕費等をも含めて領収証等証拠のある支出だけでも約六七〇〇万円が存在していることからみれば、新潟相互銀行からの右借入金七〇〇〇万円は、これらの支出に充当されたものとみることもできる。

また、第三回公判調書中の証人鈴木敏司の供述部分によれば、同人は被告人から五〇〇〇万円かかつた旨聞いているが、出来上りだけをみては五〇〇〇万円とは思えないという感じを受けた、五〇〇〇万円かかつたとすれば、相当無駄があつたのではないかとの印象をもつたというのである。

7 最後に、被告人提出にかかる上申書及び修正申告書(証拠略)について検討する。

被告人及び証人円城寺清美の当公判廷における各供述によれば、被告人において収税官吏福岡良平に提出した上申書なるものは、同収税官吏が下書きして示した数額を円城寺清美が引写して作成したものであり、また、被告人の提出した修正申告書も、同収税官吏の修正申告と更正とは違うから、修正にしたら何の罪もないし起訴されることもない、こちらの言うとおり「ハイハイ」しろという勧奨に止むなく従つたものに過ぎず、自ら進んで所得額を自認したものではないというのであり、第六回公判調書中の証人福岡良平の供述部分には、「私の方で修正申告書を出したらと言い出したのです。私の国税局の調査額が被告人の計算の範囲内であるならば修正申告した方がよろしいんじやないですかということは言つております」旨、本件修正申告が被告人の発意によるものではなく、収税、官吏の勧奨によるものであることを自認する供述が見受けられる。さらに、前掲各証拠によれば、被告人は、かかる勧奨に基づき、既に異議申立のうえ国税不服審判所に審査請求していた昭和四四年分につき、審査請求を取下げて同収税官吏の指示する金額で修正申告するとともに、昭和四五年分、同四六年分についても、右同様指示された金額で修正申告に及んだ経過が認められる。

果して然らば、本件修正申告なるものは、被告人の自発的意思に基づく申告であるかの如き外形こそ呈しているものの、その実、勧奨に藉口し、更正処分に代えてなした強力な行政指導に止むなく従つたまでに過ぎないことが窺われる。そもそも、本件においては、昭和四四年分の更正処分に不服があつて審査請求に及んでいたものであるから、被告人において収税官吏の認定する所得額を争う意図があつたことは明らかであるにもかかわらず、審査請求がその利益を失つて却下を免れないこととなる修正申告をするということ自体不自然不合理であり、それにもかかわらず被告人が敢えて修正申告の道を選んだのは、収税官吏による前記勧奨の結果、既に更正処分のなされている昭和四四年分はもとより、更正処分必至である同四五、四六年分についても、徒らに収税官吏の認定額を争つて刑事訴追を招くような結果になるよりは、数額に不満は残つても、収税官吏の期待する額で修正申告に応ずることにより、それ以上の不利益を避けるに如かずとの打算によるものと認めざるを得ない。してみれば、昭和四四年分ないし同四六年分につき被告人が修正申告をなしている事実を過大に評価することはできず、捜査段階における被告人の供述が修正申告の数額と概ね合致するものとしても、その数額が客観的にも正確な数額であることの論拠となすに由ないところである。

結局、領収証等の裏付けのない取得費に関しては、前述のように信用性に疑いのある被告人の供述以外に証拠はなく、しかも被告人は当時「セシボン」の火災損失額については、収税官吏から申告にかかる取得額が過大ではないかと追究されていたのであるから、いきおい、その火災跡地に再築した「ローヤルサウナ」の新規取得額についても、過大に供述しがちであり、まして、調査、捜査の段階では、将来公判において逋脱所得の立証が財産増減法によつてなされることなどは予見し得べくもないから、取得額を過大に供述すれば期中における資産の増加すなわち所得の発生として自己に不利益に作用することに思い到らず、収税官吏の誘導するままに取得額を過大に供述した疑いが濃厚である。

ところで、本件の如き財産増減法による所有の認定に当つては、純資産増加分の把握に際し、当年分の収入または費用によらないものの混入する危険等を防止するため、格段の配慮を要することについては、さきに指摘したとおりである。従つて、個々の勘定科目の算定についても、民事訴訟において許容されているような推計の方法によることは許されず、実額によることが必要である。もとより、右実額を認定するに際し、これを立証する直接証拠を欠くときは、間接証拠によつて認められる間接事実を綜合することによつてこれを推定すること(推認)ができることは言うまでもないところであるが、この場合においても、その証明の程度は、合理的な疑いを容れる余地のない確信の程度でなければならないこと、これまた刑事裁判の本質上当然の事理に属する。

しかるに、本件財産増減法による「ローヤルサウナ」にかかる建物、設備の取得金額については、叙上検討したとおり、専ら被告人の供述にかかる部分につき、合理的な疑いを差し挾む余地のない程度の証明が得られたものとは到底認めることができない。叙上の次第であるから、検察官主張にかかる「ローヤルサウナ」新規取得費のうち、昭和四五年分建物、設備各八二九万七五〇〇円、昭和四六年分建物、設備各五九九万九一〇〇円については証明が不十分であるものと認め、これらを控除した残額についてのみ認定することとした。

第四本件建物・設備各勘定の金額について

(建物勘定(新規取得費))

一 昭和四五年分

叙上認定のとおり、建物勘定のうち「ローヤルサウナ」の新規取得費については八二九万七五〇〇円を控除したうえで本件全建物勘定を算定すると当期増加金額は別紙(四)の(1)のとおり二一五〇万〇七三九円となる。

二 昭和四六年分

叙上認定のとおり、建物勘定のうち「ローヤルサウナ」の新規取得費については五九九万九一〇〇円を控除したうえで本件全建物勘定を算定すると、当期増加金額は別紙(四)の(2)のとおり四七三万九三九四円となる。

(建物勘定(減価償却費))

一 昭和四五年分

別紙(四)の(1)のとおり九〇万一八二九円となる。

二 昭和四六年分

別紙(四)の(2)のとおり一三九万六四二七円となる。

(設備勘定(新規取得費))

一 昭和四五年分

叙上認定のとおり、設備勘定のうち「ローヤルサウナ」の新規取得費については、八二九万七五〇〇円を控除したうえで本件全設備勘定を算定すると当期増加金額は別紙(四)の(1)のとおり二四七五万七四三七円となる。

二 昭和四六年分

叙上認定のとおり、設備勘定のうち「ローヤルサウナ」の新規取得費については五九九万九一〇〇円を控除したうえで本件全設備勘定を算定すると、当期増加金額は別紙(四)の(2)のとおり一二九万八一五〇円となる。

(設備勘定(減価償却費))

一 昭和四五年分

別紙(四)の(1)のとおり一一七万九九六一円となる。

二 昭和四六年分

別紙(四)の(2)のとおり二四五万八四八九円となる。

第五事業主貸勘定中国際電話料について

弁護人は、事業主貸勘定科目中の国際電話料については、殆んど全額が営業用電話料であると考えられるから、昭和四五年分五九万一三七〇円、昭和四六年分一五一万五六九〇円については所得計算上控除されるべきである旨主張する。

被告人に対する再入国記録調査書(証拠略)によれば、被告人は昭和四六年五月一三日出国し、同月二一日再入国している事実が認められるところ、被告人の当公判廷における供述によれば、被告人が郷里である韓国に帰つている間に、事業上の用件で東京から国際電話を受けることがあること、被告人の家族が家事その他の用件で国際電話を利用することはないことが認められるから、被告人の右出国期間中における日本・韓国間の国際電話料は、留守中の者が事業主である被告人に対する営業上の必要から使用した経費であると認めるのが相当である。その金額は、昭和四六年五月一七日三七八〇円、同月一八日五九四〇円、同月二〇日四三二〇円、一六二〇円、二七〇〇円、同月二一日四三二〇円、五〇四〇円、一六二〇円、一六二〇円の合計三万〇九六〇円であると認められる(領収証等綴ウイーン、同上野スーベニール、前押号符15、16)ので、これを昭和四六年分逋脱所得額から控除するととした。その余の期間における国際電話料については、これを営業用電話料であると窺わせるに足る証拠は何ら存しないので、この分に関する弁護人の主張は採用しない。

第六弁護人のその余の主張について

弁護人の主張中(一)喫茶店「セシボン」の火災損失額に関する事実の錯誤として当裁判所が認容した三三五〇万円を上廻る額についての故意の否認、(二)偽りその他不正の行為の存在及びこれについての被告人の認識の否認、(三)期待可能性の不存在の主張については、証拠上所論の前提するような事実関係を認め得ないから、いずれも採用の限りでない。

第七逋脱税額の計算について

本件逋脱所得(その算出税額)は次のとおりである。

一 昭和四五年分においては、前示のとおり、サウナ「ローヤルサウナ」の新規取得費は建物二一〇五万五七三九円、設備二〇〇八万二五四三円と認められるので、本件建物勘定は償却費を控除し五三五五万二九九一円、設備勘定は同じく三一四六万八八五六円と算定した結果、昭和四五年分所得金額は一八三四万九二五二円となる(内訳、申告事業所得二九六万七二七七円、増差事業所得一二五八万〇四七五円、不動産所得八〇万一五〇〇円、給与所得二〇〇万円)(別紙(一)修正貸借対照表参照)。

ところで前示認定のとおり「セシボン」の火災損失が「純損失」に当たり、かつ、火災保険金により補てんされて昭和四五年分事業所得に繰越される損失は存しなかつたのであるが、被告人は昭和四四年分の所得の算定に際し「セシボン」の火災損失のうち一六四九万八二九二円の金額を翌昭和四五年分以降に繰越しできると信じたのであるから、右金額については昭和四五年分の行為者の認識した正当な所得金額(実際所得金額)には含まれないことになる。

そうすると、右金額を前記一八三四万九二五二円から控除すれば、一八五万〇九六〇円の差額が存在することとなるから、同金額が昭和四五年分の課税総所得金額となる。

しかるに被告人は昭和四五年分の所得税確定申告において、事業所得二九六万七二七七円、不動産所得八〇万一五〇〇円、給与所得二〇〇万円の合計総所得金額五七六万八七七七円であるが、過年度分の雑損失繰越額を控除するとすでに源泉徴収された税額一九万二五〇〇円の還付を受けることとなる旨の確定申告書を提出したのであるから、同年分の正規の所得税還付額△二万六六〇〇円と右申告税額(還付△一九万二五〇〇円)との差額△一六万五九〇〇円の還付を受け、同額が逋脱税額を構成することとなる。

二 昭和四六年分においては、叙上認定のとおり、「ローヤルサウナ」の新規取得費につき、建物一八五万四五六〇円、設備五二万三一五〇円と認められるので、本件建物勘定は償却費を控除し五六八九万五九五八円、設備勘定は同じく三〇三〇万八五一七円となり、事業主貸勘定については三万〇九六〇円を控除して算定した結果、昭和四六年分実際総所得金額は一四〇〇万七三二八円となる(内訳、申告事業所得五九一万六二七八円、増差事業所得五一五万六七〇五円、不動産所得九七万〇七二〇円、給与所得一九六万三六二五円)

(別紙(二)修正貸借対照表参照)。

しかるに被告人は昭和四六年分の所得税確定申告において、事業所得五九一万六二七八円、不動産所得一〇一万二七三〇円、給与所得一九六万三六二五円の合計総所得金額八八九万二六三三円であるが、過年度分の雑損失繰越額を控除すると、すでに源泉徴収された税額一五万九九九〇円の還付を受けることとなる旨の確定申告書を提出したのであるから、同年分の正規の税額との差額五一一万一一〇〇円が逋脱税額となる。

(法令の適用)

一  罰条と刑種の選択

判示各所為はいずれも所得税法二三八条(罰金刑を選択)

二  併合罪の処理

刑法四五条前段、四八条二項

三  労役場留置

刑法一八条

四  訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文(証人笹川道雄、同福岡良平に支給した分)

よつて注文のとおり判決する。

(裁判官 半谷恭一 松澤智 井上弘通)

別紙(一) 修正貸借対照表〈省略〉

別紙(二) 修正貸借対照表〈省略〉

別紙(三) 税額計算書

大原昇こと全乙現

昭和45年分

摘要

申告額

実際額

差引ほ脱額

1

事業所得

2,967,277

15,547,752

12,580,475

2

不動産所得

801,500

801,500

0

3

給与所得

2,000,000

2,000,000

0

4

算出総所得金額

5,768,777

18,349,252

12,580,475

5

雑損失繰越

5,768,777

0

5,768,777

6

犯意の認められない金額

16,498,292

16,498,292

7

実際総所得金額

0

1,850,960

1,850,960

8

損害保険料控除額

2,000

2,000

9

扶養控除額

460,000

460,000

10

基礎控除額

177,500

177,500

11

課税所得金額

1,211,460

1,211,460

12

11に対する所得税額

165,900

165,900

13

源泉所得税額

192,500

192,500

0

14

申告納税額

△192,500

△26,600

165,900

昭和46年分

摘要

申告額

実際額

差引ほ脱額

1

事業所得

5,916,278

11,072,983

5,156,705

2

不動産所得

1,012,730

970,720

△42,010

3

給与所得

1,963,625

1,963,625

0

4

算出総所得金額

8,892,633

14,007,328

5,114,695

5

雑損失繰越

△8,892,633

0

8,892,633

6

犯意の認められない金額

7

実際総所得金額

0

14,007,328

14,007,328

8

損害保険料控除額

2,000

2,000

9

扶養控除額

540,000

540,000

10

基礎控除額

195,000

195,000

11

課税所得金額

13,270,328

13,270,328

12

11に対する所得税額

5,111,100

5,111,100

13

源泉所得税額

159,990

159,990

0

14

申告納税額

159,990

4,951,100

5,111,100

別紙(四)

(1) 昭和45年分

建物勘定

設備勘定

新規取得費(円)

減価償却費(円)

新規取得費(円)

減価償却費(円)

喫茶店「ウィーン」

145,000

493,384

3,950,000

1,052,865

喫茶店「スーベニール」

300,000

368,965

724,894

27,687

サウナ「ローヤルサウナ」

21,055,739

39,480

20,082,543

99,409

21,500,739

901,829

24,757,437

1,179,961

(2) 昭和46年分

建物勘定

設備勘定

新規取得費(円)

減価償却費(円)

新規取得費(円)

減価償却費(円)

喫茶店「ウィーン」

2,884,834

526,655

705,000

1,179,536

喫茶店「スーベニール」

0

375,153

70,000

47,493

サウナ「ローヤルサウナ」

1,854,560

494,619

523,150

1,231,460

4,739,394

1,396,427

1,298,150

2,458,489

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